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「遊ぶカネ欲しさ」ではない? ソニー生命「170億円事件」に浮かぶ大和銀行「1100億円事件」との意外な共通点
ソニー生命で170億円にものぼる巨額の不正送金事件が発覚した。逮捕された男性社員は、ソニー生命がバミューダ諸島に保有していた完全子会社である「エスエー・リインシュアランス」の口座を介して、米国の別口座へ不正に1億5500万ドルを送金した疑いが持たれているという。
エスエー・リインシュアランス社は2021年9月に解散しており、手続きのさなかに精算を担当していた従業員が資金を移動させたという。被害者であるソニー生命側も、170億円という巨額の資金を従業員が動かせる状態であったことから内部統制についての懸念が生まれてくる。場合によっては法令等順守にかかる内部管理体制の不備があるとして、他の金融機関と同様、金融庁による何らかの行政処分が下される可能性すらある。
近年、従業員による着服や横領といった事件が発覚する例が増えている。2021年9月にはJA高知県の50代職員が、保険契約を勝手に解約して払戻金を受け取るという手口で2011年からの10年で4471万円を不正に着服していることが発覚したばかりだ
2020年には第一生命の元従業員が、合計で19億5000万円を保険契約者から不正に騙(だま)し取っていたことが明らかとなったほか、住友重機械労働組合の積立年金を当時の会計担当であった女性が合計で10億円を超える額を、2013年から2018年にわたって着服していた疑いがあるとして逮捕されている。
上記で挙げたような10億円、20億円といった着服金額だが、これは日産自動車の元会長であるカルロスゴーン氏が私的に流用した日産の資金に匹敵する規模である。ゴーン氏は日産という大企業の会長という立場と、映画顔負けの国外脱出 劇といった要素でインパクトが大きいものの、18億円という金額自体は着服事案の中では突出して大きな額とはいえない。
しかし、今回発覚した170億円にのぼる詐取は、これまでの着服事案とは一線を画すレベルで大きい。直近で私的流用が問題となった最も大きい着服事案が大王製紙の事例 で、106億円だ。これは従業員ではなく、同族経営者で当時の会長であった井川意高氏がカジノで遊ぶために複数の子会社から総額で106億円を不正に引き出していたもので、ソニー生命の事例はこれをさらに上回る水準である。
創業家で自身が会長という立場であれば、巨額の引き出しがバレないと信じて犯行に出るのも分からなくはないが、今回170億円を引き出したのは一介の社員であり、会社自体も内部管理体制が他業種と比べて厳しい保険会社で行われた事件である点で異質だ。犯行に及んだ社員もまさかバレないと信じて犯行に及ぶほど愚かでもないだろう。
170億円という過去の着服事例からは一線を画す被害金額から考えても、容疑者のソニー生命社員は生活費や遊行費のためではなく、何らかの組織的な事情が介在した結果犯行に及んだ可能性がある。それだけでなく、背後で指示をしていた黒幕や共犯の存在も疑われてきそうだ。
では、今回の着服が私的流用ではないとしたらどのような要因が考えられるだろうか。
可能性としては、不正な取引における損失穴埋めが挙げられる。従業員の不正のうち、被害額が100億円を超える事例のほとんどが、ビジネス上の失敗を穴埋めするための不正取引である。その中でも2つの事件を今回はピックアップしたい。
まずピックアップしたい事例が1995年の大和銀行(現:りそな銀行)のニューヨーク支店で発覚した巨額の不正取引事件である。当時、米国債トレーダーであった井口俊英氏がもたらした11億ドル、当時の為替レートで1100億円にものぼる巨額損失によって、大和銀行は米国から別途巨額の制裁金がかけられただけでなく、米国からの退去命令も受けるといった三重苦に見舞われることとなった。
同氏は、84年に初めて5万ドルを着服したものの、95年までそれが明るみに出ることはなかった。着服がバレずに気が大きくなったのか、その4年後には52万ドルを着服している。きっかけは変動金利債券の取引損失だ。損失が明らかになってトレーダーをクビになることを恐れ、同氏は書類を偽造するなどして、自己裁量の取引を行うようになった。この時井口氏はニューヨーク支店の実質的な支配人であったことから、その不正を指摘できる者が支店にはいなかったのだ。
巨額のポジションは米国の巨大な債券市場を動かすには十分すぎるほどだった。彼が債券を売買するとすぐさまその手口は「トレーダートゥシ」によるものと看破され、徐々に身動きが取れないカモとなり、損失が膨らんでいった。
結局、同氏はもはや1100億円にも膨らんだ損失をトレードで取り返すのは不可能と悟ったのか、当時大和銀行の頭取であった藤田彬氏に自白し事件が明るみに出ることとなったのである。
この事件では、簿外取引の損失をケイマン諸島の法人に付け替えるという、いわゆる“飛ばし”が組織的に行われていた。この策は功を奏し、ケイマン法人に飛ばした損失は穴埋めが上手くいったようで、飛ばしから7年後に解散している。
ソニー生命の事例との共通点は、大和銀行と同じタックスヘイブンであるバミューダ諸島の子会社を介した不正事案となっている点だ、どちらも事件発覚時には解散している点でも類似性がある。海外における関係会社において、どちらのパターンでも一人の従業員に大きな裁量が任されていた点も重なる。
ちなみに、従業員の不正が原因で会社に損害を与えた最も大きい金額は48億2000万ユーロ、当時の為替レートで7600億円である。その人物は同社のトレーダーであったジェローム・ケルビエル氏だ。同氏は本来、同じ商品の市場間の価格差に着目し、安い方を買い、高い方を売ることでリスクを極力抑えて利ざやを稼ぐという裁定取引を任されていた。
しかし、同氏は片方のポジションを架空の取引に偽装するという手口で、裁定取引をしているとみせかけ実際はリスクを取ったポジションで取引を行っていた。ケルビエル氏の不正は2005年から07年までの株高の恩恵を受けているうちは明るみに出ることがなかったが、世界金融危機の発生した08年1月に不正が発覚、ポジションは精算されることとなった。同氏の築いたポジションを全て精算したあとに残ったのは7600億円もの損失だけだった。
動機は「自分が成功し、金融の天才だと誰もが認めるようになると本当に信じていた」というもので、自己承認欲求の高まりが招いた事件であるといえる。
ちなみに、同氏は当然ソシエテジェネラルをクビになったが、この解雇が不当であるとして逆に同社を訴えた。この訴えはなんと第一審で認められ、16年にはソシエテジェネラルに対してケルビエル氏に40万ユーロを賠償する判決を下したのである。理由は、ソシエテジェネラル側はケルビエル氏の不正取引を把握していながら、利益が出ていたため見過ごしていたと認定されたからだ(なおその後、ソシエテジェネラル側は控訴している)。
この2つの事例の他にも、銅の不正取引で3000億円近い損失を出した住商巨額損失事件などが有名だ。ビジネスの中でも金融商品がらみの不正取引は被害額が大きくなりやすい傾向がある。
ソニー生命の事例は、現段階では動機などが明らかになっていないものの、過去事例と照らし合わせれば、「遊ぶ金欲しさ」や「ほんの出来心」といった典型的な着服事案とは明確に区別されるべき犯罪である可能性が高い。全貌の究明が待たれるところである。