開発は途中で終わった場合でも、準委任契約に基づく報酬請求はできるが、適切な計画立案・実行ができていなかったとして善管注意義務違反が認められた事例。
事案の概要
イベント企画会社Yは、自社の企画するイベントを管理するためのシステム(本件システム)の開発をXに依頼することとした。
平成28年3月にXは開発に着手したが、その時点では契約書が取り交わされておらず、4月になって、X・Y間で以下の内容(抜粋)の契約書が取り交わされた(本件契約)。
1条2項
本件契約は,Xが(中略)業務に従事する技術者の労働をYに対し提供することを主な目的とし,民法上の準委任契約として締結されるものとする。したがってXは,善良なる管理者の注意義務をもって(中略)業務を実施する義務を負うものとし,原則として成果物の完成についての義務を負うものではないものとする。
3条3項
前各項にかかわらず,Yは,Xの本件サービスの業務遂行義務が果たされていないと判断した場合はその時点でXに改善通達を行い,尚も改善されない場合はその通達以降のサービス料の支払義務を負わない。
X・Y間では、3月の開発業務として約367万円、4月の開発業務として約466万円、5月の開発業務として約933万円の発注書が取り交わされた(代金は支払われていない)。
Yは、5月25日に、開発の遅延等を理由に、本件システムの開発中止を通知した。
Xは、本件契約に基づく報酬請求として、合計で約1766万円を請求し、Yは、反訴として、債務不履行に基づく損害賠償約7000万円(その大部分は逸失利益である。)を請求した。
ここで取り上げる争点
(1)本件契約の性質
(2)債務不履行の有無
裁判所の判断
争点(1)本件契約の性質
Yは、本件契約は請負契約であって、Xは本件システムを完成させる責任を果たしていないから債務は履行されていないと主張していた。
この点について、裁判所は、契約書の文言を中心に次のように準委任契約であるとした。
本件契約は,本件システムの開発を目的としたものであるが,本件契約書1条には,本件契約が民法上の準委任契約として締結されるものであり,Xは,原則として成果物の完成についての義務を負うものではない旨の定めがあり,本件契約書2条には,システムの構築及びプログラム業務並びにこれに付随する業務をXに委託するとの定めがある。そして,Xが開発に着手した時点で本件システムの仕様が明確でなかったことから,Xは,Yに対し,請負契約ではなく準委任契約の形式で契約を締結することを再三要求し,その結果,契約書に準委任契約とする旨が明記され,これに当事者双方が署名押印するに至っている。これらの事情によれば,Yにおいても,準委任契約の形式で本件契約を締結するというXの要求を最終的に承諾したとみるのが自然である。
そうすると,本件契約は,Xが本件システムの完成義務を負わず,準委任契約としての性質を有するものとして締結されたものと認められ,これに反するYの主張は採用することができない。
そして、Xは、契約期間に約束された人員を確保して開発に従事させたことから、本件契約上の事務を履行したと認定し、本訴請求をすべて認容した。
争点(2)債務不履行の有無
まず、Xの義務を次のように認定した。
Xは,コンピューターシステムのプログラミング等を事業とする株式会社であり,開発業務を担当することが可能な企業として本件システムの開発に参画しているところ,開発の着手から間もない時期に開発に必要となる作業項目及び作業期間を示したスケジュール表を作成し,その中で内部設計に分類される「データベース設計」等の3項目を自ら担当することを明らかにしている。Xは,その後も,本件システムの開発に必要となる作業項目や作業期間を明らかにしたタスク一覧やスケジュール表といった文書を作成し,これをYに示している。これらの事情によれば,Xは,本件契約上,本件システムの開発に向けて必要となる作業項目及び作業期間を明らかにした工程表を策定すべき立場にあり,また,④詳細設計においても,相当程度関与することが予定されていたものと認められる。
このようなXの立場や役割に照らせば,Xは,Y又はZから指示を受けた業務を実施する義務にとどまらず,本件契約上の善管注意義務として,本件システムの開発において必要となる作業の内容並びにその作業に必要となる期間及び人員を把握し,適切な工程を示す義務を負っており,相手方から示された仕様の内容が十分でなく,適切な工程を示すことが困難である場合には,仕様を確定する期限を定めるなどの具体的方策を講ずる義務を負っていたと解すべきである。
これらのXの義務履行状況について、おおよそ次のように認定した。
- Xは3月時点で稼働までのスケジュール表を提示したが、仕様確定期限などが示されておらず、仕様が確定していないにもかかわらず、実装と検証を同時に行う内容になっていた
- 3月31日までに行うとされていた103項目のうち、期限までに終えたのは35項目だった
- 4月に再計画されたスケジュールも、検証に充てる期間は十分でなく、再計画後のスケジュールも守られていなかった
- 5月に大量に人員が増強されたが、稼働には至らなかった
としたうえで、
以上によれば,Xが,本件システムの開発において必要となる作業の内容並びにその作業に必要となる期間及び人員を把握し,適切な工程を示したとは認められないから,本件契約における善管注意義務に違反したというべきである。
と義務違反を認定した。ついでに、再委託禁止条項に反して無断で再委託をしていたことについても債務不履行が認定されている。
善管注意義務違反によってYに生じた損害として、Zに対して追加の開発費として支払った費用等の約392万円のうち、仕様確定が遅れたことも遅延の原因であるとして、6割の約235万円を相当因果関係ある損害と認めた(「過失相殺」という用語は判決文で使われていない。)。逸失利益については認めていない。
以上より、本訴請求の全額を認容する一方、反訴請求の一部を認めた。